デルタの窓口

2026年9月27日日曜日

青雲と全銀と正月

2025年1月2日(木)




そういえばモ162の青雲を撮った記憶がないと思い大阪へ。親戚の集まりに顔を出してたらすっかり夕方になってしまいました。

ハルカスをバックに。通りは陰落ちしてもシンボルタワーはまだ明るい時間帯でした。

折返しは北畠あたりで。撮り鉄が少し多い以外は、チャリと車がたまに行き交うほのぼのとした休日の空気が流れていました。

残念ながら青雲はこれで入庫。しかしながら次の移動までまだ結構時間があったため、住吉界隈を徘徊します。

直近の広告車を記録しつつ高野線沿いへも。ちょうど立体交差してくれました。

6521F。いわゆる元8000系です。初めて見たかも。


6323Fの急行。南海は正月関係なく旧型車がバリバリなので楽しいですね。

申し訳程度にりんかん。今年で43年目に突入です。

もうほぼアウトの暗さですが最後にオールシルバーで〆。なんだかんだついででしか撮れていないので、きちんと履修したいところ。

その後は伊丹から北の大地へ。例の看板で一枚。


札幌に移動してこの日は終了。例の如く翌朝のササラに備えます。それでは。

2026年9月26日土曜日

新春の宮島線'25

2025年1月1日(水・祝)




この年の元日は在広でした。昼までは実家でまったりして夕方頃に商工センターへ。帰宅ラッシュ便が出庫していくタイミングでした。

5000形はこれでもかと言わんばかりに正月休み。もう夏も冬も関係なくダメな電車になってしまいましたね…

商工センター止めも続々と。新幕化で赤字商工幕はこの正月が見納めでしたね。

すっかり荒手の車と化した5108号。もういっそ5200形にラッピング移した方がよかったのでは…

鈴峯に移動して3701号。鈴峯女子大前から改称してもう10年って本当ですか…?

5101号。薄暮の中で西広行が撮れるのも正月臨か冬の早朝ぐらいですもんね。

商工センターに戻ると西広島から帰ってきた5101号の入庫に遭遇。正月臨の最後って全部商工止めにして直接入庫していませんでしたっけ…?

そして今日の本命。さすがに元日から営業で動くことはないだろうと高を括っていましたが、日中動かないどころか返却回送で商工に着いた頃には18時を過ぎていました。

そのまま動きやすそうな位置に入線。案の定三が日はずっと同じ予備運用のループでした。

可もなく不可もない年明けになりました。引き続き時空の歪みを解消していきます(?)

2026年9月2日水曜日

師走の南九州を往く その3

2024年12月30日(日)




偶然泊まった宿のフロントがカープグッズで溢れていました。これが日南という地か…

今回の宿は丸新荘。日帰り入浴もやってる旅館です。

フロントでそういうマインドを掻き立てられたので例の赤い駅へ。連れに呉出身の後輩がいるので、2人して日南来ているのは感慨深かったですね。

本日最初の目的地は猿の島・幸島。前に串間に寄った帰りに気になっていたので、友人らを巻き込んで上陸してみました。

地元の方が出してくれる船に揺られて5分ほど。ちょうど椅子が人数分ぴったりでした…

幸島は桟橋すらない無人島なので、少し形のいい岩礁にそのまま乗り付けます。上陸して2秒でこの光景。

無人島ながらだいぶ人慣れしているので、挑発しない限りはだいぶ大人しめです。


ボス猿と思しき個体も。写真で見る以上に凛々しかったです。

大半の猿が群れていましたが、一匹だけ我が道を往くサルも。百匹近くいるらしく、百人百色といったところでしょうか。


サル島の対岸にあったサルの横顔風の岩。由緒不明らしいですが、天然の岩だとしたら神話として出来過ぎじゃないですか…

続いて都井岬へ。時間的に日向ぼっこのタイミングだったからか、結構な数の馬が散策していました。

1日目に続いて本日も虹を観測。特段雨が降ったわけでもないのに、いい思い出になりました。

最後は鵜戸神宮へ。ここもカープの聖地巡礼ですね。

ここでは神の使いとされているウサギ。ポージングが独特でした。

本殿の横にカープが奉納した絵馬も飾られていました。

せっかくなので運玉投げも。男性は左投げ、女性は右投げという謎の縛りルール付きです。

あの注連縄の中の窪みに入れば願いが叶うわけです。一回だけ入ったのですが、何を願ったかこの記事を書いている時点でもう忘れたので本末転倒です(((

すっかり日も暮れてきたので旅も終わりです。反転フラップ式が当時残っていた宮崎空港へ。


関西・名古屋に帰る組は空路で。大学卒業から3年弱、普段の生活拠点と旅の目的地がどんどん乖離していくので、現地集合・解散が定着化してきましたね。


その後、チーム広島は天神で休憩がてら九州料理を摂取(?)
18時過ぎに宮崎を発ったので、この時点ですでに21時半です。


ノンアルなのに後夜祭も盛り上がって、結局関門橋を25時ごろに通過。広島の到着時間はお察しください…


2024年も最後まで楽しく過ごせました。来年も何卒…
ではでは。

師走の南九州を往く その2

2024年12月29日(土)




指宿特有の塩でベトベトする泉質に懐かしくなっていました。
朝焼けに染まる山川湾を眺めながら2日目スタート。

ホテルの夕飯って写真撮りがちですけど、朝飯ってだいたい撮り忘れますよね。何か美味しかったという漠然としたポジティブな記憶だけ残っているのですが、モヤモヤした気持ちのままLINEのアルバムを漁ってると、一人だけ撮っていました。鶏飯がありました。

2日目の目的地はただ一つ、本土最南端の佐多岬到達です。
とりあえず山川港からフェリーで再び大隅半島へ。


瀬戸内民には見慣れたカーフェリーで錦江湾を横断します。2つの半島のほぼ先端を結ぶので、150トン程度の小型のフェリーです。


10時出港。これを逃すと次は13時でした。
昨夕は見えなかった開聞岳も今日はくっきりと姿を確認。

100人も乗れない船なので、甲板は限界まで詰められていました。50分ほどで対岸の根占港に着岸。

そこからさらに50分ほど足を延ばしてついに佐多岬に到達。
ついに来ちゃいました、一番好きな岬に仲のいい人たちを連れて。

前回訪問時はあまり気にしていませんでしたが、道中の神社も雰囲気が独特だったようでちゃっかり参拝。まあ確かに日本離れした雰囲気ですよね。

最高に逆光ですが最南端の石碑と。真昼に来ると逆光で光線状態が終わってしまうの、最南端のジレンマでしょこれ。

遠くの佐多岬灯台を眺めながら。佐多岬灯台は佐多岬の先端の別の島に建っているの、明日使えるトリビアかもしれません((

だいたいこういう灯台とか岬に一人で行くときは滞在時間20~30分程度なのですが、今回は1時間は優に超えてました。同じ場所でも他人と行くと楽しみ方が変わるのが我ながら面白いなと思いますし、こういう"二度味わえる観光"はもっといろんなところでも実践していきたいところです。
画像は帰りに道の駅で見かけた名言。捌かれる直前まで生きていたって趣旨なんでしょうけど、逆説的に読み解くと"生きれなくなる≠死"なの少し深くないですか。

南大隅の中心部にほど近い雄川の滝へ。今回の旅行中に初めて存在を知った場所です。

紀伊山地とか日光の山奥じゃなくて錦江湾から数キロの場所にこんな滝があるの意外じゃないですか。日本の自然は面白い。


南大隅の名物・日本ミツバチのハチミツ。バカ舌でもわかる高級なハチミツでした。


宿を目指して東上中に志布志⁵。すっかり正月モードでした。


今宵の宿は日南北郷。プロ野球のキャンプ地のイメージばかり先立つエリアですが、こんなところにも隠れた温泉郷がありました。


日南の名物は伊勢海老。一生分の伊勢海老を食べたんじゃないかというくらい喰らいました。

3日目に続きます。ではでは。